2020/01/31
昨年末に経済開発協力機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)の評価基準(Evaluation Criteria)が改訂されました。
「妥当性(Relevance)」、「有効性(Effectiveness)」、「インパクト(Impact)」、「効率性(Efficiency)」、「持続性(Sustainability)」の5つから構成される旧評価基準は、国際開発援助評価における指針として長年機能してきました。しかし1991年の制定以来、国際開発援助を取り巻く環境は大きく変化してきており、そうした変化に対応する形で評価基準の見直しの必要性も議論されてきました 。
(※とりわけ、世界銀行の独立評価局(IEG)の局長(当時)のCaroline Haider氏は一連のブログ記事で、積極的な議論を行っていました。)
こうした中で、評価基準の改定に向けた検討が2018年から始まり、改訂版が2019年12月に採択されました。それほどドラスティックな変更とはならなかったという印象ですが、既存の5つの基準の再定義(及び定義の明確化)がなされ、1つの新しい基準が追加されました。以下では、特筆すべきと個人的に考える点について2つほど挙げてみたいと思います。
改訂のポイント
①新たな基準
まずはもちろん新しく追加された基準です。これまでの5つの基準に加えて、「Coherence」が加わりました。どのような訳語が当てられるかはわかりませんが、ここではとりあえず「整合性」としておきます。それは以下のように定義されています。
The compatibility of the intervention with other interventions in a country, sector or institution.
[評価対象となる]介入の、ある国やセクターもしくはその実施組織/機関の他の介入との適合性。(拙訳。[]内は引用者補足。)
さらに、「整合性」の概念は、ある組織/機関が実施する介入間の関係性に関する「内的整合性(Internal Coherence)」と、ある文脈(国やセクターなど)における他の組織/機関の介入との関係性に関する「外的整合性(External Coherence)」とに分解されるとされています。
ある介入の価値は、その介入そのものだけでなく、他の介入との関係性の中で決まるものであるという面がここでは重視されていると考えることができます。個人的には新たな基準を追加するほどのことではなく、「妥当性」の概念を拡張することでこうした視点を取り入れることは可能だったのではないかとも思いますが、いずれにせよ、より広い観点から個々の介入の役割を位置付けることが重要になってくることになります。
現在の国際社会では、伝統的ドナーだけでなく民間企業や非政府組織などの役割が相対的に大きくなってきており、政府開発援助(ODA)の役割は触媒としてのものに移行しつつあるとも言われていますが、基準の追加にはそうした国際環境の変化も反映されているのでしょう。
②「妥当性」における介入デザインの重視
これまでの「妥当性」の定義では、介入の目的が当該国・ドナー・国際社会におけるニーズや政策、優先順位といった点にどの程度整合しているかという点が問われていました。しかし、今回の再定義で、介入の目的だけではなく、介入のデザイン(設計)がニーズ・政策・優先順位に合致しているかという視点が「妥当性」の要素として明示的に示されました。すなわち、介入の目的が適切であるかだけではなく、その目的を達成するための手段が適切であるかという点も問う必要があるということです。
デザイン/手段の適切性には2つの観点があると考えられます。1つは、介入実施から目的の達成へと至る道筋が論理的に示されているかという観点です。介入から目的までに生じ得る変化(の連鎖)を示すロジックモデルやセオリーオブチェンジと呼ばれるものの妥当性とも言えます。2つ目は、そのロジックがエビデンス(介入の効果に関する実証分析結果)に裏付けられているかという観点です。
適切なロジックモデル/セオリーオブチェンジの必要性や、エビデンスに基づく(Evidence-Based/Evidence-Informed)意思決定の重要性が、近年国内外で広く認識されるようになってきていますが、「妥当性」基準の再定義もこうした動きと呼応するものと捉えることができるかと思います。
改訂が及ぼす影響
それでは、こうした評価基準の改訂は開発援助評価にどのような影響を及ぼすでしょうか。
まず、評価者の視点からは評価の難易度が高くなると考えられます。「整合性」という観点が追加されたことにより、評価対象となる介入そのものだけでなく、国やセクターにおける当該介入の位置付けをより広い観点から検証することが必要となるため、これまで以上に当該国やセクターに関する広範な知識が評価者に求められることになると考えられます。
また、「妥当性」の分析においても手段の適切性という観点が加わることは、ある目的に対して考え得る複数の選択肢を比較検討し、その上で実際に選択された手段が最も望ましいものであったかを分析する必要が出てきます。そのためには、ある分野における介入手段やその有効性(エビデンス)に関する十分な知識を有することが評価者には求められます。
加えて、情報の入手可能性という面での難しさもあると考えられます。ここで挙げた2つの点を分析する際には、介入の計画・立案時における意思決定プロセスに関する情報が必要となりますが、そうした介入の実施前の情報は、モニタリングデータや報告書など形で記録される実施中の情報と比べ、フォーマルな形式では記録されにくい傾向があります。そのため、特に事後的に介入の評価を行う際には、「整合性」や手段の適切性についての分析を行おうとしても、実際問題として分析を行うに足る情報が手に入らないという可能性が考えられます。
このように、今回の改訂の内容自体は妥当なものであると考えますが、それを評価の実施という具体的な水準に落とし込んでいくとそう簡単なものではないと思います。
さらには、こうした評価基準の改訂や再定義が与える影響は評価の分野だけに留まるものではありません。評価基準とは、介入の価値の構成要素を示すものであり、介入の立案・実施における規範となるものです。つまり、この6つの評価基準を採用するということは、「良い=価値のある」介入とは、妥当で、整合的で、有効で、インパクトがあり、効率的で、持続的なものであり、介入とは、妥当で、整合的で、有効で、インパクトがあり、効率的で、持続的で「あるべき」であるという点に合意を与えることを意味します。したがって、今後の介入は、こうした価値の構成要素/規範を踏まえて立案され、実施される必要があるということになります。
つまり、「整合性」を介入の新たな価値の1つとして定義するのであれば、介入の立案・実施は、関連する他の介入との相互作用を加味して行われる必要があり、そのためには複数の介入を俯瞰的にとらえ、そうした俯瞰図の中で個別の介入を戦略的に位置付ける必要があるということです。「妥当性」に手段の妥当性という要素を組み込むのであれば、適切なセオリーオブチェンジを描き、それを裏付けるエビデンスを十分に参照した上で、介入を立案・実施する必要があるということです。
このように、新しい評価基準を採用することは、評価のあり方だけでなく、その組織における介入の立案・実施のあり方についても少なからぬ影響を与えることになると考えられます。
こうした点も踏まえ、各組織/機関が今回の評価基準の改訂を評価制度、ひいてはその組織/機関の業務のあり方にどう反映していくのかを注視していきたいと考えています。